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血の総裁交代劇から、3年。
「夜来」の中は相変わらずだった。
変わったことといえば、唯一の家庭教師と、信頼できる人以外とは会わなくなったこと。
変わり映えのない毎日に、知らずとため息が出る。
「つまんねぇ」
「私の授業は、退屈ですか。お嬢様」
意外にも自分の呟きに答えが返ってきて、昶は慌てて否定した。
「そんなことない。サワの授業は、いつも解りやすいし、面白い」
「ありがとうございます。私もお嬢様には教えがいがあって、楽しいですよ」
本心とも取れぬ言葉に、昶は苦笑する。だが、すぐに意識がまた上の空へと向いてしまう。
そんな様子を見かねたのか、澤木はしばらくして、今日はもう終わりだ、と告げた。
「え、いいのか?まだ時間になってないけど」
「今日は特別ですよ。早めに終わってほしい、と頼まれてますのでね」
誰に、とは言わず、澤木は机の上を手早く片付けると、戸惑う昶の頭を軽く撫でて退室した。
1人となった途端、寂寥感にも似た感情が押し寄せてくる。
窓の外を小鳥が横切る。青い空を背に飛ぶ姿が眩しくて、目を細めた。
だが、感傷に浸る時間を与えず、勝手に部屋へと入って来る者がいた。
「ただいま、アキっ」
「わっ、り、リュウ兄!」
背中から覆い被さる人物が兄だとわかって、昶は笑みを浮かべた。
「帰ってたんだ。お帰り」
「ただいま!お兄ちゃんがいなくて、淋しくなかったか?アキは淋しがり屋だからな、心配してたんだぞ」
「淋しいも何も…ほぼ毎日メールか電話寄こすくせに、何言ってんだよ」
「そうだ!アキのために、今日はおみやげ持ってきたんだ」
呆れる妹の視線をもろともせず、劉黒は提げてきた大きな紙袋から、彼の言う「おみやげ」たちを取り出した。
胸元の黒いリボンがポイントの、清楚な白いトップス。
十字模様をあしらった、赤と黒を基調とした、ゴシックワンピース。
ふわりと広がるスカートに緻密な模様のレースが可愛い……メイド服。
「大学の後輩に裁縫の上手い子がいてな。お前の写真とスリーサイズ教えたら、快く作ってくれたんだ!」
「ちくしょうオレのプライバシーなしかよっ」
次から次へと服が出てくるのに比例して怒る昶に、その子にしか言ってないから大丈夫っ、と彼は朗らかに言う。そんな兄に、そういう問題でもないと思う彼女だが、彼のシスコンは今に始まったことでもないので、昶はため息一つで文句を言うことを諦めた。
「あぁ、この服も忘れてはいけないな」
そう言って最後に取りだしたのは、白いブラウスに加えて、黄色の洒落たジャケットと黒のプリーツスカート。
それに取りつけられている見覚えのある校章に、昶は目を瞠った。
「リュウ兄、これ…っ」
「私の母校の制服だ。アキなら、タイトよりプリーツの方が似合うだろう?ちゃんとお前のサイズで作った、新品だからな」
驚いて声が出ない彼女に、劉黒は優しく笑って頭を撫でた。
「アキ。そろそろ、『外』に出てみないか?」
思いがけない言葉に、昶は顔を上げた。兄の瞳には、真剣な光が映っている。
「賢吾と綾ちゃんには、話がついている。あの子達も一緒に通ってくれるそうだ」
「なっ、勝手に……っ」
「お前の同世代で信頼できるのは、あの子達だけだからな。学校経験の少ないお前を、1人で行かせるわけにもいかないし」
一旦言葉を切って、劉黒は呆然とする昶をぎゅっと抱きしめた。
まるで、何かから昶を守るように。昶の心に、少しでも彼の思いが伝わるように。
「その身に流れる血のせいで、アキにはずっと鳥籠の生活を強いてきた。けど総裁がアイツに変わって、少しは枷が取れたはずだ。私はアキが、アキの好きなように生きてほしい」
自由にしてもいいんだ、と背中を押されたようで、昶は泣きそうになるのを堪えた。
だが、それと同時に脳裏にちらつく緋い影に、不安を覚える。
「なぁ。エンは、何て…?」
「アイツには何も言ってない」
義兄の名を出した途端、劉黒は目に見えて不機嫌になった。聞いたのは間違いだったかと思わせる程眉間に皺を寄せる兄に、昶は思わず口を噤んだ。
「氷瀏に聞いた。私が島へ戻った後も、お前の生活は今までとあまり変わらないそうだな?毎日来るのは、澤木と氷瀏だけ。メールもほとんど寄こさない、電話1つない、それじゃあ何のためのアキなんだ!」
アイツがお前が必要だと言うから泣く泣く置いて行ったのにっ、と、劉黒は激怒して叫んだ。
「でも、経営で忙しいんだろうし…」
「それでも、これだけ側に置いておいてだぞ?!アイツがお前に会いに来たのは、今まで1回しかないってのはどういうことだ!!」
確かに彼の言う通り、義兄となる焔緋とは、総帥交代の騒動が終息し劉黒が島へ戻った3年前より、1回しか会っていない。
(あの騒動の前までは、よく会えたんだけどな…)
初めて会った時の焔緋は、今は亡き父親の再婚相手の子で、劉黒のクラスメイトだった。
当時、ほとんど監禁状態にあった昶にとっては、滅多に会えない友人たちと兄以外で、初めて出会う歳の近しい者。
昶の『力』を目にしても、彼は嫌な顔一つせず、また利用しようともせず、時折昶の元へやって来ては、話し相手になってくれた、貴重な人。
そして昶を守るために、自らの手を汚し、彼女を閉じ込めていた鳥籠の鍵を外した、恩人。
焔緋は、昶にとって、かけがえのない大切な人だった。
「忙しいのはわかっている。アイツは私やお前に代わって、忌むべき将来をすべて背負ってくれた。アキをここから出さないようにしているのも、お前を守ってくれているからだということも知っている。アイツがどれだけお前を愛しているのかも、わかっている」
「あ、愛して…って、また大袈裟な」
「大袈裟なものか。あぁ、もちろん私もお前を愛しているからな」
臆面もなく愛を告げる兄に、慣れない昶は照れてしまう。そんな仕草に可愛いと妹を一頻り抱きしめてから、劉黒は逸れた話を戻した。
「なぁ。たまには、我儘になってもいいんじゃないか。ここにいたら安全なのは確実だが、今のままで良いなんて、お前はちっとも思っちゃいないだろう?」
悪戯を持ちかけるように覗き込んでくる劉黒の赤い目が、戸惑う昶を映してキラリと輝く。
「幸いにも、私の通っていた学園は各国の要人たちが通っているから、セキュリティは万全だし、アキを預けられる安全な寮もある。何より『外』は面白いぞ。色々なものに触れて、色々なことに挑戦して、お前の世界を広げたらいい」
「リュウ兄…」
「ここに戻るか、違う道を進むのか、それを決めるのはその後でもいいんじゃないか?」
劉黒の優しさに、心が揺れる。
正直言って、昶は『外』へ出たかった。
幼い頃からずっと、生まれ持った力のせいで、まるで鳥籠の中のような生活を続けてきた。
1つの部屋で繋がれたように一日を過ごし、人ではなく道具のような扱いをされ、生きた心地がしなかった。
もっとも、それが嫌にならなかったわけじゃない。父が生きていた頃に一度外へ抜け出したこともあったが、その時拷問のような折檻を受けて以来、外へ出ることはなかった。
けれど、学校へ通う兄や、ごくたまに会うボディーガード見習いの友人、そして優しい義兄の話を聞く度に、『外』への憧れは強くなった。
だから総帥交代劇が終わって、義兄が学校へ行くことを許してくれた時は、どれだけ嬉しかったか。
結局それも、昶が誘拐されたことによって、たった3ヵ月という短い期間しか叶わなかったが。
あれ以来、昶は義兄が望むまま、用意してくれたこの「鳥籠」に籠ってしまった。
「焔緋のことが気がかりって顔だな」
「うっ…それは、その…」
「アイツなら大丈夫だろう。なに、アイツは世界一多忙な人間だ。これまで3年間、アイツはお前の顔を見に来れなかったほどだぞ。あと3年くらい、何とか誤魔化せるだろう」
あっけらかんと言い放つ劉黒に、昶は目を伏せた。
閉じこもってからも、想像しなかったわけじゃない。
制服を着て、毎朝登校する。
友達とくだらない話をし、時々授業をサボっては屋上でのんびり過ごし、風紀委員に見つかっては逃げる日々。
休日は、お気に入りの本やCDを買いに、外を歩いてみたりするのもいい。
時には喧嘩したり、時には泣いたり、でもやっぱりくだらないと笑いあったり。
そんな当たり前の生活をする『自分』を、窓の下の生活に重ねて、憧れるだけで終わらせてきた。
だけど、兄はそうしても良い、と言う。憧れで終わらせることなんてない、と迷う昶の背中を押してくれた。
「アキ。お前は、どうしたい?」
促す兄の問いかけに、昶は目を開けた。
深いアースブルーの両目には、覚悟が宿っていた。
「オレは、…―――」
主がいなくなって幾久しい部屋で、澤木はため息をついた。
最低限の物だけが持ち去られたこの部屋は、今ではすっかり澤木の寛ぎスペースと化している。主である少女がそう望んだからだ。
――自分は未だこの部屋にいる。彼の主人に、少女の不在を誤魔化すために、「今まで通り」を続けてくれと。
それが彼の主人に知れた時、どれだけ大変なことになるかをわかっていながら、結局、優秀な生徒だった少女の望みに、彼は手を貸してしまった。
「まぁ、たまには良いかもしれないな。焔緋にとっても…お嬢様にとっても」
もうすぐ、澤木の主人がこの『鳥籠』がある国に帰って来る。この数年、彼の主人は、各国をまさに飛んで仕事をしていたため、ここへは一度しか来ることができなかった。
主人が『鳥籠』の義妹をどれだけ深く愛しているかを知っている彼は、近い将来起こる騒動を思い描き、ふっと笑みを漏らした。
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